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岡山地方裁判所津山支部 昭和63年(ワ)183号 判決 1991年1月08日

原告

近藤春子

ほか四名

被告

下山鉄治

主文

一  被告は、原告近藤春子に対し金一三万四四六二円、原告近藤ふみに対して金一〇万四四六一円及びこれらに対する昭和六三年三月二〇日から各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告近藤春子及び原告近藤ふみのその余の各請求並びに原告近藤謙治、原告清水優子及び原告近藤秀樹の各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は次のとおりの負担とする。

1  原告近藤春子と被告との間では、同原告に生じた費用の一〇〇分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とする。

2  原告近藤ふみと被告との間では、同原告に生じた費用の二〇分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とする。

3  原告近藤謙治、原告清水優子及び原告近藤秀樹と被告との間では、同原告らの負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一申立て

被告は、原告近藤ふみに対して金二二〇万円、原告近藤春子に対して金一三八七万七〇三六円、原告近藤謙治、原告清水優子及び原告近藤秀樹に対して各金三一九万二三四五円並びにこれらに対する昭和六三年三月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二主張

一  原告ら

1  事故の発生

近藤義秋は、次の交通事故により死亡した。

(一) 発生日 昭和六三年三月一九日午後七時五分ころ

(二) 発生場所 岡山県津山市池ケ原九〇番地先国道上(国道五三号線)

(三) 加害車 普通乗用自動車(岡五七と三二一七)

運転者 被告

運行供用者兼保有者 被告

(四) 被害者 義秋(自転車に乗車)

(五) 態様 被告は、岡山県公安委員会が最高速度を時速五〇キロメートルと指定する前記国道上の被告進行方向右方にカーブした交通整理の行われていない交叉点を、前記車両を運転して河辺方面から勝間田方面に向い進行するに当り、酒気を帯びず、かつ、右制限速度を遵守するはもとより、前方左右を注視し進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、酒気を帯び、かつ、制限速度を遥かに超過した時速約一〇〇キロメートルで走行したうえ、交通閑散なことに気を許し、横断自転車等ないものと軽信し対向車両のライト等に気を取られて前方の安全確認不十分なまま漫然右速度で進行した過失により、折から自車前方左から右に横断しようとしている義秋運転の自転車を左前方約三八・七メートルに発見し急制動の措置を講じたところ、自車後部が左に揺れたため一旦ブレーキを緩め再び急制動の措置を講ずるも及ばず、右自転車右側面前部付近に自車前部付近を衝突させて義秋を自車ボンネツト上等に載せた後に路上に転倒させ、よつて、義秋を即時同所において脳挫傷により死亡させた。

2  責任原因

被告は、加害車両を保有し自己の為に運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任がある。

また、本件自己に関する前記の事故態様で明らかなように、被告には前方不注意等の過失があり、被告は不法行為車として民法七〇九条による責任がある。

3  損害

(一) 葬儀費 金一二〇万円

原告近藤春子は、義秋の本件事故に伴う葬儀費用金一二〇万円の出費を余儀なくされたので、その支払を請求する。

(二) 墓石建立費 金二〇〇万円

原告春子は、右費用金二〇〇万円の支払を請求する。

(三) 逸失利益について

(1) 逸失利益の損害額

義秋は、昭和一〇年一一月六日生まれであり(事故当時五二歳)、有限会社岡北建設に勤務し、年間の給料として、金二一〇万三五〇〇円を得ていた者である。

また、義秋は、兼業農家として農業の仕事にも従事し、よつて、農業収入として、少なくとも年間金一〇〇万円の所得があつた。

義秋は本件事故により死亡したため、喪失した得べかりし利益の現値は次のとおりである。

金三一〇万三五〇〇円(昨年度の年収)×一〇・九八一(ホフマン係数)×〇・七(生活費を控除したもの)=金二三八五万五六七三円

(2) 逸失利益の相続

義秋の相続人である原告春子(妻)は法定相続分に応じ右逸失利益の賠償請求の二分の一を相続、原告近藤謙治(長男)、同清水優子(長女)及び同近藤秀樹(二男)はそれぞれ法定相続分に応じ六分の一宛相続した。

その結果、原告春子は金一一九二万七八三六円、原告謙治、同優子及び同秀樹はそれぞれ金三九七万五九四五円を相続したことになる。

(四) 慰謝料

義秋は、本件事故前まで、極めて健康であり、円満で幸福な家庭を築き生活してきた者である。

そして、原告近藤ふみにとつては可愛い大切な子息であり、原告春子にとつては大事な最愛の夫であり、原告謙治、同優子及び同秀樹にとつてはとても大切な父親であつた。

然るに、義秋は、本件事故によつて突然に他界してしまい、これによる原告ら各人の精神的苦痛は到底筆舌に尽くし難いものがあり、これを金銭に換算すれば決して次の額を下らない。

(1) 原告ふみは、本件事故のシヨツクにより倒れるなど精神的苦痛の甚だしきものがあり、その慰謝料は金二〇〇万円が相当である。

(2) 原告春子は、本件事故自体の甚大な精神的苦痛のうえに、加えて、本件事故のシヨツクにより原告ふみが倒れ、それを看病する為、それまで勤めていた会社を休職したが、原告ふみの病状は快くならず付添がいる状況であるため、退職するに至つている。

その慰謝料は金一〇〇〇万円が相当である。

(3) 原告謙治、同優子及び同秀樹は、それぞれ慰謝料として各金三〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用

被告が任意に原告らの被つた損害を賠償しないため、止むなく本件訴訟となつた。

そのため、原告ふみは、弁護士費用として金二〇万円を負担した。

原告春子は、弁護士費用として金一〇〇万円を負担した。

原告謙治、同優子及び同秀樹は、それぞれ弁護士費用として各金三〇万円を負担した。

(六) 各原告の損害額

原告ふみについて金二二〇万円、原告春子について金二六一二万七八三六円、原告謙治、同優子及び同秀樹について各金七二七万五九四五円の損害額となる。

4  損害の填補

原告らは、自賠責保険より既に金二四五〇万一六〇〇円の支払を受けている。

受領した右金員は、前記原告らが相続した逸失利益の賠償請求権に先ず充当したあと、なお越える分は慰謝料に充当し、その充当額は法定相続分の割合で行つた。

その結果充当される額は、原告春子について金一二二五万〇八〇〇円、原告謙治、同優子及び同秀樹について各金四〇八万三六〇〇円の充当となる。

5  結論

以上の次第で、原告らは、被告に対して、本件事故による損害賠償請求債権の残額として、原告ふみについて金二二〇万円、原告春子について金一三八七万七〇三六円、原告謙治、同優子及び同秀樹について各金三一九万二三四五円並びにこれらに対する本件事故の発生した翌日である昭和六三年三月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ次第である。

二  被告

(義秋の過失について)

(一) 本件交差点の状況は別紙交通事故現場見取図のとおりであり、被告が走行してきた道路は、幹線道路の国道五三号線であり、優先道路であつた。他方、義秋が自転車に搭乗して進行してきたのは、幅員三メートル程度の農道であつた。したがつて、交差点といつても、義秋側の道路には一時停止線と一時停止の標識が設置されていた。なお、義秋側から被告の車両の見通しは夜間でも実況見分によれば九一メートル先まで可能であつた。

(二) 義秋は自転車を運転していたが、この場合でも、灯火に点灯して、かつ、酒気を帯びることなく走行すべき道路交通法上の義務があることは当然である。

ところが、義秋は、飲酒のうえ、ふらふらと無灯火で、一時停止をしたり左右の安全を確認することなく幹線道路に進出してきた。

(三) 義秋が進行してきた道路は、国道五三号線よりやや高い位置にあり、義秋側からは、一時停止線の約九〇メートル手前から被告側をはるかに見通せるものであつたから、義秋が注意すれば本件事故は回避できたものである。反面、被告側からは、義秋が無灯火であれば、ライトを点けていても、義秋の着衣の色が上着はカーキ色でズボンはベージユ色の作業ズボンであつたこともあり、義秋を発見し難く、いずれにしても義秋側の過失は五割を相当とするというべきである。

第3当裁判所の判断

一  被告の責任について検討する。

1  原告らの主張1(一)ないし(四)は当事者間に争いがない。

2  同1(五)の内、本件事故現場が国道五三号線上で岡山県公安委員会が最高速度を毎時五〇キロメートルと指定する被告進行方向右方にカーブした交通整理の行われていない交差点であること、被告が本件事故当時酒気を帯びて運転していたこと、被告が自車前方左から右に横断しようとしていた義秋運転の自転車を左前方約三八・七メートルに発見し急制動の措置を講じたこと、すると自車後部が左に振れたため一旦ブレーキを緩め再び急制動の措置を講じたこと、しかし結局、右自転車右側面前部付近に自車前部付近を衝突させて義秋を自車ボンネツト上等に載せた後に路上に転倒させ、よつて、義秋を即時同所で脳挫傷により死亡させたことは、当事者間に争いがない。

3  次に、本件事故当時の被告車両の速度について検討するに、乙三によると、被告車両は対向車両である光本礼三運転車両に比し同一時間で約二倍近い距離を走つていると窺われること、しかも、右はその間に被告車両において前記のとおり急制動をかけたり義秋運転の自転車と衝突したりしたうえでのことであること、また、被告の供述によれば、被告車両と先行車両との間は相当間隔があつたと認められるのであるから、被告においてかなり高速で走行できる状況であつたと考えられること、更に、乙五及び六によると、右の間の光本車両の速度が時速五〇キロメートル程度ではなかつたかと窺われること(概ねである。乙三によれば、光本車両も被告車両との衝突直前には急制動していることが認められる。)などからすると、原告主張の如く、当時の被告車両の速度が時速一〇〇キロメートル程度であつたということも考えられないではない。

しかし、なるほど被告車両の速度がかなり高速であつたことは充分窺えるとはいえ、一般国道である国道五三号線で、被告車両が時速一〇〇キロメートルもの暴走ともいうべき高速で走行していたと認めることには如何にも躊躇を覚えざるを得ない。

この点、被告は捜査段階からほぼ一貫して当時の自車の速度を時速七五キロメートル程度と供述しているが、本件においては、前記のとおり被告が二度に渡り急制動していることなどからスリツプ痕等から速度を推定し難い状況にあるところ、前記のとおり制限速度を遥かに超過していたと窺えることなどにも鑑み、少なくとも被告供述程度の速度ではあつたものと判断して差し支えないものと考えられる。

4  しかして、前記のとおり、被告は義秋を左前方約三八・七メートルの距離に発見したものであるところ、このとき、被告車両が時速七五キロメートルである以上急制動の措置を講じても事故は回避できなかつたものであり、(現実に回避できていない。被告車両座席から車両前面までの長さをしん酌すれば衝突回避可能な距離は更に縮まる。そして、乙三によれば、現場は乾燥アスフアルト道路だから、摩擦係数〇・七として制動距離三一・〇〇メートル。秒速は二〇・八三メートルだから、空走時間を〇・八から一秒として何れにしても衝突は回避できない。)、一方、時速五〇キロメートルであれば優に事故は回避できたものと考えられる(前記同様の与件のもとで、制動距離一三・七八メートル、秒速一三・八九メートルだから空走時間を〇・八から一秒の何れであつても衝突は回避できる。また、義秋車両のかなり手前で停止できると考えられることからすれば、急制動しなくても充分な減速をするだけで衝突は回避できたものと考えられる。)。そして、甲九及び乙六並びに被告の供述によれば、被告は本件交差点の所在を以前から知つていたと認められるところ、乙三及び九の一ないし二五並びに三吉栄一証言及び被告の供述によれば、本件交差点は、夜間は照明もなく暗いし、交差道路は国道五三号線に向かつて上り坂であるうえ、道脇に枯れ草等あつて被告からはその見通しが悪い所と認められ、かつ、前記のとおり交通整理も行なわれていないのであるから、これに接近する被告には交差道路を通行する車両との事故の予見可能性は当然肯定されるべく、一方、少なくとも制限速度で走行していれば前記発見時点で事故の回避も充分可能であつたと考えられるのであるから、結局、被告としては事故を未然に防止するため適宜減速して進行すべき注意義務があつたといえるところ、被告は制限速度を遥かに超過した前記速度で走行していたというのであるから、右高速運転が本件事故の原因であることは明らかと認められるし、この点で被告に過失責任があることも明白である(なお、原告の主張する前方注視義務違反については、被告は前記地点において義秋を発見したものであるところ、右検討のとおり、その際従前より適宜減速した速度で運転していさえすれば優に本件事故が回避できたと考えられるので、更に右事柄が本件において被告の過失を構成するかはやや疑問がある。また、被告が酒気帯び運転をしていたことも争いないところであるが、右所為と本件事故との間に因果関係があるといえるためには、被告が飲酒のため正常な判断能力や行為能力を阻害されていたといえなければならないが、本件においてはこれを肯定するに足りる証拠はなく、却つて、乙六によれば右の点は否定されるべきものと考えられる。)。

以上の次第であるから、被告は、自倍法三条はもとより、民法七〇九条の責任も免れず、したがつて、原告らに生じたいわゆる人損、物損の双方につき賠償責任を負担する。

二  損害について検討する。

1  葬儀費

甲一一及び原告春子の供述及び弁論の全趣旨により、義秋の葬儀費用として金一二〇万円を要し、これを同原告が負担しているものと認められる。

そして、右程度の支出は一家の主人たりし義秋の葬儀費として現下の社会通念上止むを得ないところと考えられるから、右金額を損害と認めるべきである。

2  墓石建立費

甲八の一・二及び原告春子の供述及び弁論の全趣旨により、義秋の墓石建立費として金一八〇万円を同原告が負担していることが認められるが、これも前記同様に右金額をもつて損害と認めるべきである。

3  逸失利益

算定

義秋が昭和一〇年一一月六日生で、本件事故による死亡当時五二歳であつたことは、当事者間に争いがない。

甲三及び七並びに原告謙治及び同春子の各供述によると、義秋は本件事故に逢う二、三年前から有限会社岡北建設に土木作業員等として勤務していたことが認められる。しかして、甲三は右会社の義秋についての昭和六二年四月以降の賃金台帳であるが、これには当然あるべき控除額の記載がない等若干内容に疑問があるものの、一家の主婦たる原告春子の「農繁期等は格別、月一七万円位はもらつていた。」という供述をも考慮するとき、右書証にある程度の収入はあつたものと認めて差し支えなきものと考えられる。そして、右書証にある収入の合計は金一九三万一〇〇〇円であるが、右は義秋が昭和六三年三月一九日に死亡するまでのものであつて完全に一年分のものではないので、結局、死亡前一年分としては金二〇〇万円程度はあつたものと推認してこれまた差し支えないと考えられる。

また、甲七並びに原告謙治及び同春子の各供述並びに弁論の全趣旨によると、義秋ら方には八反程度の耕地があり、義秋が主体となつて耕作をしていたこと、但し、義秋が運転免許を取得していなかつたため、機械仕事のかなりの部分を原告謙治がしていたことが認められる。そして、農業収入については、原告春子が年八〇万円位と供述しているところ、右は原告らが本訴において主張しているものよりも過少な金額を進んで供述しているものであるうえ、一家の主婦である原告春子としては当然自家の農業収入のあらましは知り得る立場にあると考えられることなどからすると、同原告の右供述を格別排斤しなければならない理由も見出し難い。そして、前記のような原告謙治の寄与の程度等も考慮すると、義秋本人の上げ得ていた農業収入は年間金六〇万円程度と認めるのが相当である。

生活費割合については、原告春子の供述により、義秋ら方は当時原告春子も働くなどして家計を助けていたことなどが認められることなどもあり、これを三割と認めるのが相当である。

以上の結果から、逸失利益は金一九九八万五四二〇円となる。

(2,000,000+600,000)×10,981(ホフマン係数)×0.7=19,985,420

三  相続

原告春子が義秋の妻であり、原告謙治、同優子及び同秀樹が義秋の子であること、したがつて、原告春子が逸失利益賠償請求権の二分の一を、原告謙治、同優子及び同秀樹が各六分の一を相続したことは当事者間に争いがない。

4 慰謝料

甲四及び七並びに原告謙治及び同春子の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、義秋は、前記子らが皆成人して独立しているとはいえ、なお近藤家の主として物心両面に渡つての中心的存在であつたものであり、母親である原告ふみやその余の前記のような近親関係にある原告らにとつて、その突然の死は誠に痛憤の極みであつたこと、とりわけ、原告ふみは高齢で病弱であるところ、本件事故のシヨツクのため原告春子の不断の看護を要する状態となつたこと、また、原告春子は本件事故前は自らも就職して収入を得ていたところ、原告ふみの右状態のため退職の止むなきに至つたことが認められる。

以上のような諸事情を考慮するとき、慰謝料として、原告ふみにつき金一五〇万円、原告春子につき金九〇〇万円、原告謙治、同優子及び同秀樹につき各金二五〇万円を認めるのが相当である。

三  過失相殺について検討する。

1  乙二及び三によると、義秋の進行してきた道路には国道五三号線との本件交差点に一時停止の標識及び表示がされていることが認められる。しかし、本件においては、被告主張の如く義秋が一時停止しなかつたと認定するにはなお証拠が充分でない。すなわち、甲九、乙二、三及び六並びに被告の供述によると、被告は義秋が一時停止線を越えた辺りから同人を視認していて、一時停止をしたか否かについては見ていないことが明らかであるし、乙五も、供述者たる内海憲昭が右の点を視認していたのかどうか判然としない。同人は義秋が「ふらふらつと出てきた。」旨供述しているが、自転車は通常一時停止後に再発進するときにはハンドル等ふらつくことが多いものであることからすると、右供述は、のみをもつてしては義秋が一時停止しなかつたと認めることはできない。そして、他にこれを肯認するに足りる証拠はない。

2  しかし、乙六及び被告の供述によると、被告は本件当時自車の前照灯を点けていたことが認められるのであるから、義秋においてその動向を認識判断することはよりた易いことであつたものと考えられる。したがつて、それにも拘らず義秋が本件交差点に進入したということは、義秋において、被告車両の動向の正確な把握等右方の安全の確認において不十分なものがあつたのではないかとの推認をされても致し方のないところと考えられる。

3  次に、乙四及び六並びに三吉証言及び被告の供述によれば、義秋は本件事故当時無灯火であつたと認められるところ、義秋が若し自転車の灯火を点灯したうえ走行していれば、被告においてより早い時点で義秋を認め得て、早期に減速等の措置を取るなどして事故を未然に防止する対策を図り得たであろうことは容易に考え得るところである。

4  また次に、乙五によると、義秋は本件事故前に酒屋に立ち寄つていたものと認められ、原告春子の供述によると、義秋は仕事の帰りに酒を飲むことがたまにはあつたと認められるところ、乙四によれば、佐々木予志高は本件事故直前に如何にも酒に酔つていた様子でふらふらと自転車を運転していく義秋の横を通り、非常に危惧の念を抱いたことが認められるのである(なお、佐々木は、乙四において義秋の服装をグレーの作業服と供述するも、乙七によれば、義秋の服装は上衣がカーキ色作業服、ズボンがベージユ色作業ズボンであつたと認められ、この点佐々木の供述は事実と異なるが、乙四によれば、右目撃場所は照明も充分でない所と認められるのであるから、右のような着衣の色彩の認識の誤りは、佐々木の供述の信憑性を左右しないと考えるべきである。むしろ、乙四によれば、佐々木は、義秋と擦れ違つた際、そのふらふらとして酒に酔つているらしい様に危険を感じて、連れていた子供と「危ないなあ。」と会話を交わすなどするなど、強い印象を受けたことが認められるし、佐々木が本件とは全く利害関係のない第三者であることなども考慮すると、義秋の動静に関する佐々木の供述は真率なものとの評価を受けるべきである。)こうしてみると、義秋が本件事故当時飲酒のうえ自転車を運転していたものであることは充分窺えるというべきである。

そして、義秋は、右のとおり、通りすがりの第三者にも危険感を抱かせ、強い印象を与えるような状態であつたのであるから、その酩酊の度合いも無視できないものであつたと考えざるを得ず、前記の自転車進行方向右方の安全確認不十分等の過失も右飲酒による影響を考慮せざるを得ないものと考えられる。

5  そこで、被告及び義秋の過失割合について検討するに、本件においては、先ずもつて被告の高速運転の程度が著しいというべきである。被告は、前記のとおり制限速度を遥かに超過した極めて高速度で自車を走行させていたものであり、それ自体危険性の高い走行方法と評価されてもやむを得ない運転をしていたのであつて、これさえなければ、なるほど義秋に前記のような不用意な走行方法があるにしても優に本件事故を防げたものである。

一方、義秋の前記にような走行方法は、軽車両の運転者としてももとより問題であることはいうまでもなく、この点被告の前記のような高速運転に比し少なからぬ割合でその責任を負担すべきである。

よつて、以上検討の結果に鑑み、被告対義秋の過失割合は六五対三五と判断するのが妥当である。

6  義秋の右過失割合は被害者ないし被害者側の過失として同割合で前記原告各自の賠償請求権を減額すべき所以となる。

四  損害の填補について検討する

1  原告らに自賠責保険から金二四五〇万一六〇〇円の支払があつたことは当事者間に争いがない。しかして、弁論の全趣旨により、原告らがその際その主張のとおりの指定弁済充当をしたことが認められる。

2  そこで、右金員を先ず前記逸失利益の賠償請求権に充当すると、次のとおりとなる。

右金員の残額は金一一五一万一〇七七円。

24,501,600-19,985,420×0.65=11,511,077

原告春子の残金は五八五万円、原告謙治、同優子及び同秀樹は各金一六二五万五〇〇〇円。

9,000,000×0.65=5,850,000

2,500,000×0.65=1,625,000

3  右金員の残金を前記指定に従つて慰謝料に充当すると、次のとおりとなる。

原告春子の残金は金九万四四六二円(円未満四捨五入)。

5,850,000-11,511,077÷2≒94,462

原告謙治、同優子及び同秀樹は各金〇円(右同)。

1,625,000-11,511,077÷6≒293,513

4  原告ふみの慰謝料は次のとおり金九万四四六一円となる。

1,500,000×0.65=293,513×3=94,461

五  弁護士費用については、事案の態様、認容額等を考慮し、原告春子につき金四万円、原告ふみにつき金一万円が相当である。

六  よつて、被告は、原告春子に対して金一三万四四六二円、原告ふみに対して金一〇万四四六一円及び各金員に対する本件事故の翌日である昭和六三年三月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

(裁判官 佐藤拓)

別紙 略

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